お困りごと・見えない経営リスク
Ⅰ.経営・財務に関するお困りごと
病院や社会福祉施設の運営において、施設長様、事務長様、そして経営層の方々が直面する課題は、単なる日々のオペレーションにとどまりません。それは、施設の持続可能性そのものを左右する、根深く複雑な経営・財務上の問題群です。
ⅰ)止まらないコスト増大と収益圧迫
施設の健全な経営を脅かす最も直接的な要因は、制御困難なコストの上昇と、それに伴う収益性の圧迫です。この問題は、複数の要因が絡み合うことで、より深刻な事態を招いています。
[水道光熱費の継続的な高騰と経営への直接的インパクト]
施設の固定費の中で人件費に次いで大きな割合を占めるのが水道光熱費であり、その上昇は経営に直接的な打撃を与えます。特に、病院や介護老人保健施設、特別養護老人ホームといった医療・福祉施設は、患者様や利用者様の生命と健康を守るため、空調設備や医療機器などを24時間365日稼働させることが不可欠です。この稼働形態は、一般的なオフィスビルと比較して格段に高いエネルギー消費量を前提としており、エネルギー価格の高騰が経営に与える影響は計り知れません。近年のウクライナ情勢や為替変動に起因するエネルギーコストの上昇は、この構造的な脆弱性をさらに浮き彫りにしました。
[価格転嫁の困難さ]
製造業や小売業であれば、原材料費や光熱費の上昇分を製品やサービスの価格に転嫁することが一般的です。しかし、医療・福祉施設の多くは、特に介護事業においては、この価格転嫁が極めて困難な状況にあります。介護保険制度のもとで提供されるサービスの対価、すなわち介護報酬は国によって公定価格が定められており、事業者が独自に料金を改定する余地はほとんどありません。
[人件費の上昇圧力]
労働集約型の産業である介護業界では、人件費の上昇も経営を圧迫する大きな要因です。政府が推進する最低賃金の引き上げ方針もあり、この傾向は今後さらに強まることが予測されます。人材確保が困難な状況下で、待遇改善は不可欠ですが、それが経営をさらに圧迫するというジレンマを抱えています。
[廃棄物処理コストの増大と管理の複雑化]
見過ごされがちですが、廃棄物処理コストの増大も経営課題の一つです。特に病院から排出される感染性廃棄物は、その分別、保管、運搬、処理に至るまで、廃棄物処理法に基づいた厳格な管理が求められます。この専門性の高さから、多くの施設では外部の専門コンサルタントに依頼してコストの適正化や法令遵守体制の構築を図るケースも見られますが、それ自体が新たなコスト要因となります 。電子マニフェストの導入支援など、管理業務の効率化が求められています。
ⅱ)施設老朽化に伴う大規模修繕・設備更新の資金計画
短期的な運営コストの管理と並行して、経営層は施設の長期的な価値維持という、より大きな課題に直面しています。特に、建物の老朽化への対応は、計画的な資金確保が不可欠な重要課題です。
[老朽化するインフラと将来の建替え・大規模修繕への備え]
日本の多くの社会インフラと同様に、高度経済成長期に集中的に整備された病院や社会福祉施設は、築年数が経過し、老朽化が深刻な問題となっています。外壁の劣化、配管の腐食、設備の機能低下など、放置すれば施設の安全性やサービスの質を著しく損なう可能性があります。将来的な建替えや大規模修繕に備えた計画的な資金の積立ては、事業継続の必須条件ですが、日々の運営に追われる中で十分な内部留保を確保できず、経済的な厳しさに直面している社会福祉法人が少なくありません。
[高騰する建設費と投資計画の困難さ]
老朽化対策が急務である一方で、近年の建設資材や人件費の高騰は、設備更新や改修工事の費用を押し上げ、施設の投資計画を一層困難なものにしています。理想とする機能やデザインを追求した結果、オーバースペックな投資となり、竣工後の減価償却費や借入金返済が経営を圧迫するケースも散見されます。施設の将来的な収益やキャッシュフローに見合った、無理のない投資計画を策定することは、経営層の方々にとって極めて高度な判断が求められる課題です。
[補助金・助成金活用の複雑さ]
国や地方自治体は、こうした状況を支援するため、施設整備や省エネ改修、感染症対策など、多岐にわたる補助金・助成金制度を設けています。しかし、これらの制度は目的や対象、要件、申請期間がそれぞれ異なり、非常に複雑です。例えば、東京都のクール・ネット東京が実施する省エネ関連の助成金 や、厚生労働省が所管する生産性向上や職場環境改善のための支援事業など、数多くの選択肢が存在します。自施設にとってどの制度が最も有利かを見極め、膨大な申請書類を準備し、期限内に手続きを完了させることは、専門部署を持たない施設にとって大きな事務負担となっています。
こうした経営環境は、多くの施設を「先送り投資の悪循環」に陥らせます。まず、日々の運営コスト(光熱費、人件費)の上昇が営業利益を圧迫します。短期的なキャッシュフローを確保するため、経営判断として緊急性の低い大規模修繕や設備更新といった資本的支出が先送りされがちです。しかし、旧式の非効率な空調やボイラーを使い続けることは、さらなるエネルギー消費量の増大を招き、結果として光熱費を一層押し上げるという矛盾した状況を生み出します。この悪循環は、施設の財務基盤と物理的なインフラを同時に蝕み、外部からの大規模な資金調達や抜本的な戦略転換なしには抜け出すことが困難な、構造的な「お困りごと」となっています。
ⅲ)複雑化する業者選定と契約管理
施設の維持管理業務の多くは、専門業者への外部委託によって成り立っています。しかし、この委託プロセスの複雑化もまた、経営層方々の頭を悩ませる一因です。
[専門業者の選定基準の不明確さ]
清掃、警備、設備管理、廃棄物処理といった多岐にわたる業務を委託する際、どの業者が本当に信頼でき、質の高いサービスを提供してくれるのかを見極めることは容易ではありません。特に病院清掃のような専門領域では、医療法に基づき「受託責任者」の配置が義務付けられるなど、特殊な要件を満たす必要があります。業者のウェブサイトや提案書だけでは、その実績や技術力を正確に判断するのは困難です。
[コストと品質のバランス]
管理委託料は業者によって大きな幅があり、コスト削減を追求するあまり安易に最安値の業者を選定すると、サービスの質の低下を招くリスクがあります。清掃が行き届かない、トラブル対応が遅いといった問題は、施設の利用者の満足度を下げ、ひいては施設の評判や収益力にも悪影響を及ぼしかねません。コストと品質の最適なバランスを見極めることが、重要な経営判断となります。
[契約内容の精査とリスク管理]
外部業者との契約締結時には、その内容を詳細に精査する必要があります。業務範囲の定義、作業回数や実施月の明記、再委託する場合の条件など、曖昧な点がないかを確認しなければ、後々のトラブルの原因となります。また、安易に管理会社を変更しようとすると、既存の契約に違約金条項が含まれていたり、エレベーターの保守契約や保証会社の契約が引き継げなかったりといった、予期せぬリスクに直面することもあります。
[業者とのコミュニケーション不全]
委託業者との円滑なコミュニケーションは、質の高い施設管理の生命線です。しかし、「連絡しても返事がない」「回答までに時間がかかる」といったコミュニケーション不全は、多くの施設で問題となっています。特に、現場を理解していない担当者では、施設側からの要望が的確に伝わらず、改善が進まないという事態に陥りがちです。トラブル発生時の対応の遅れは、施設の運営に直接的な支障をきたすため、業者との信頼関係構築は極めて重要です。
Ⅱ.人材・組織に関するお困りごと
施設の物理的な管理と同様に、あるいはそれ以上に深刻なのが、それを支える「人」に関する課題です。労働集約型である施設管理業務において、人材の確保、育成、そして組織全体のマネジメントは、施設の品質と安全性を維持するための根幹をなす要素です。
ⅰ)深刻化する人材不足と専門スタッフの高齢化
業界全体を覆う構造的な問題として、人材の確保難が挙げられます。この問題は、単に「人が足りない」という量的な側面だけでなく、質の面でも深刻な影響を及ぼしています。
[若返りが進まない高齢化問題]
人手不足と同時に、現場従業員の高齢化も大きな課題です。7割以上の企業が「現場従業員の若返りが図りにくい」と感じており、技術やノウハウの継承が危ぶまれています。特に、経験と知識が求められる専門職において、ベテラン層の退職は施設の管理レベルの低下に直結します。
[専門資格者の不足と確保の難しさ]
病院や福祉施設の設備管理は、電気、空調、給排水、消防、医療ガスなどといった、多岐にわたる専門知識を必要とします。これらの業務を統括する「建築物環境衛生管理技術者」は、特定建築物において選任が義務付けられていますが、その国家試験の合格率は例年10%台から20%台と難易度が高く、有資格者の確保は容易ではありません。同様に、施設基準の管理に精通した人材も不足しており、「近隣病院に相談したくても誰が詳しいのかわからない」といった声も聞かれます。
[採用競争の激化]
介護業界全体が人材獲得競争の渦中にあり、特に専門職である看護師や、施設運営の要となる事務長、施設長といった管理職クラスの人材確保は、施設の将来を左右する重要な経営課題となっています。
ⅱ)職員の負担増大と労働環境の課題
慢性的な人手不足は、必然的に現有職員一人ひとりへの負担増大につながり、労働環境の悪化を招きます。これは職員のモチベーション低下や離職につながるだけでなく、サービスの質の低下という形で利用者にも影響を及ぼす可能性があります。
[多岐にわたる業務と責任の重さ]
施設管理担当者の方々は、設備の定期点検、突発的な修理、清掃・衛生管理、業者との折衝、各種報告書の作成など、非常に広範な業務を担っています。特に病院においては、空調の停止や停電が患者様の生命に直接関わるため、その責任は極めて重く、24時間体制での対応が求められるプレッシャーは計り知れません。事務長様に至っては、厨房の人員が足りなければお皿洗いに入ることもあるほど、あらゆる事態に対応する機動性が求められます。
[不規則な勤務体系と身体的負担]
24時間稼働の施設を支えるため、日勤・夜勤・宿直といった不規則なシフト制勤務が常態化しています。これは生活リズムを崩しやすく、特に業務に慣れないうちは大きな身体的・精神的負担となります。また、ボイラー室のような高温環境や、高所・狭所での作業も多く、体力を消耗する場面が少なくありません。
ⅲ)専門知識の継承と人材育成の困難
施設の安全と品質を長期的に維持するためには、次世代への技術・知識の継承が不可欠です。しかし、人材不足と高齢化はこの継承プロセスに大きな影を落としています。
[覚えるべき専門知識の膨大さ]
施設管理担当者様が習得すべき知識は、電気設備、ガス設備、空調設備、給排水設備、消防設備、昇降機など、枚挙にいとまがありません。これらの設備の構造、操作方法、点検項目、関連法規をすべて理解し、実践できなければなりません。病院では、これに加えてMRIやCTスキャナといった、特殊な医療機器に関する知識も求められます。
[OJT(現場教育)の限界]
専門知識を持つベテラン職員が限られ、かつ高齢化している現状では、OJT(On-the-Job Training)による若手への効果的な技術継承は困難を極めます。体系的な研修制度が整備されていなければ、OJTは場当たり的な指導に終始し、人材が育ちにくい環境が生まれてしまいます。
[「暗黙知」の喪失リスク]
長年の経験を通じて培われた、図面には記載されていない配管の癖、旧式設備の特殊な操作方法、トラブル発生時の勘所といった「暗黙知」は、施設の安定稼働を支える貴重な資産です。しかし、これらの知識は文書化されにくく、ベテラン職員の退職と共に失われてしまうリスクがあります。暗黙知の喪失は、将来的に原因不明のトラブルや、対応の遅れといった重大な事態を引き起こす可能性があります。
Ⅲ.施設管理・安全衛生に関するお困りごと
病院や社会福祉施設における施設管理は、単なる建物の維持保全にとどまりません。それは、利用者様の生命と健康、そして安全を直接的に守るための、極めて高度で専門的な業務領域です。
ⅰ)衛生管理と感染症対策の恒常的なプレッシャー
免疫力が低下している患者様や高齢者の方々が、集団で生活する施設において、衛生管理の不備は即座に生命を脅かす事態につながります。そのため、現場には常に高いレベルの緊張感が求められます。
[レジオネラ症の発生防止と水質管理]
レジオネラ症は、特に医療・福祉施設において最も警戒すべき感染症の一つです。その感染源となるレジオネラ属菌は、冷却塔、循環式浴槽、加湿器、シャワーヘッド といった、エアロゾル(目に見えない細かい水滴)を発生させる水回り設備で、繁殖しやすいという特徴があります。これらの設備に対しては、旅館業法や公衆浴場法、各種行政指針に基づき、定期的な配管洗浄、ろ過器の逆洗浄、消毒、そして水質検査が厳格に義務付けられています。過去には、入浴施設での集団感染により死者が出るという痛ましい事故も発生しており、その管理責任は極めて重大です。
[院内・施設内感染対策の徹底]
飛沫感染、接触感染、そして空気感染といった多様な感染経路への対策は、日常業務の根幹をなします。特に、適切な換気量の確保は空気感染対策の要ですが、これは後述する省エネルギーとの間に、深刻なトレードオフの関係を生み出します。また、受付や待合室における飛沫対策シートの設置や共有スペースの清掃・除菌など、「対策の見える化」も利用者に安心感を与える上で重要です。
[給食施設におけるHACCP対応]
2021年6月より完全義務化されたHACCP(ハサップ)に基づく衛生管理は、給食を提供するすべての施設にとって避けては通れない課題です。重要管理点の特定、モニタリング、記録といった一連のプロセスは専門的な知識を要し、現場の調理スタッフや栄養士にとって大きな負担となっています。特に、ミキサー食などの嚥下調整食は二次汚染のリスクが高く、器具の洗浄・殺菌や温度管理に細心の注意が求められます。
[廃棄物の適正な分別・保管・処理]
感染性廃棄物をはじめ、施設から排出される多種多様な廃棄物は、廃棄物処理法に則り、厳格に分別・保管・処理されなければなりません。感染性廃棄物の保管場所には専用の囲いと表示が必要であり、委託処理する際には電子マニフェスト等を用いた正確な管理が求められるなど、その事務手続きは煩雑を極めます。
[害虫・害獣駆除]
ねずみやゴキブリ、ハエ、蚊といった衛生害虫・害獣は、不快感を与えるだけでなく、感染症を媒介したり、アレルギーの原因となったりする可能性があります。建築物衛生法では、6ヶ月に1回以上の統一的な調査と、その結果に基づく防除措置が求められており、特に発生しやすい場所ではより頻繁な点検が必要です。
※東京都では、建築物衛生法に加えて、さらに詳細な指導を行っています。
これらの衛生管理における最大の課題の一つは、「見えないリスク」の管理です。床の清掃や表面の消毒といった目に見える清潔さも重要ですが、レジオネラ症のように、エアロゾルという目に見えない媒体を介して、感染が広がるリスクこそが最も危険です。屋上の冷却塔や浴槽の循環配管内部、加湿器のタンクといった「見えない場所」に潜むバイオフィルム(ぬめり)が菌の温床となるため、これらの管理を怠ることは致命的な結果を招きかねません。専門的な知識がなければ、どこにリスクが潜んでいるかを見抜くこと自体が困難であり、これが施設管理者様にとっての大きな「お困りごと」となっていることが多いです。
ⅱ)多様化・複雑化する設備の維持管理
現代の医療・福祉施設は、多種多様な設備機器が複雑に連携して機能する、さながら一個の生命体のような存在です。その維持管理は、広範な知識と経験を要する専門業務です。
[管理対象設備の広範さ]
施設管理者様が責任を負う範囲は、電気設備(受変電、発電、幹線)、空調設備(ボイラー、冷凍機、空調機)、給排水衛生設備(給水、給湯、排水、貯水槽)、消防用設備(消火器、スプリンクラー、自動火災報知機)、昇降機(エレベーター、エスカレーター)、さらには厨房設備や医療ガス設備に至るまで、極めて広範です。これらの設備はそれぞれ異なる専門知識を必要とし、一人の担当者様がすべてを完璧に把握することは困難です。
[24時間365日稼働の維持]
病院や入所施設では、生命維持に直結する医療機器や、療養環境を維持する空調設備などが24時間365日、一瞬たりとも停止することなく稼働し続ける必要があります。このため、設備管理担当者様もまた、常時監視と緊急時対応の体制を維持しなければならず、そのプレッシャーは計り知れません。
[設備の突発的な故障・トラブルへの対応]
どれだけ計画的にメンテナンスを行っていても、設備の突発的な故障は避けられません。手術室の空調が停止する、自家発電装置が作動しないといった事態は、患者の安全に直結する重大インシデントです。担当者様はこのような緊急事態において、迅速に原因を特定し、適切な業者を手配して復旧させる冷静な判断力と対応力が求められますが、これは担当者様にとって極めて大きなストレスとなります。
[適切な点検・清掃・記録の実施]
各種設備には、関連法令やメーカーの推奨に基づき、定期的な点検・清掃が義務付けられています。例えば、貯水槽の清掃は年1回以上、排水設備の清掃は6ヶ月に1回以上など、その頻度は様々です。これらの法定点検を計画通りに実施し、その結果を正確に記録・保管することは、コンプライアンスの観点から必須ですが、その管理業務は非常に煩雑であり、多大な事務的労力を要します。
ⅲ)省エネルギーと快適性・安全性維持のジレンマ
現代の施設運営において、「コスト削減」と「安全・品質の確保」は二大至上命題です。しかし、この二つはしばしば相反する関係にあり、特に施設管理の現場では深刻なジレンマを生み出しています。
[感染対策強化と省エネの両立の難しさ]
このジレンマが最も顕著に現れるのが、換気の問題です。新型コロナウイルス感染症の流行以降、院内・施設内感染防止のために十分な換気量を確保することの重要性が再認識されました。しかし、外気を大量に取り入れることは、空調設備の負荷を著しく増大させ、エネルギー消費量と光熱費を押し上げる直接的な原因となります。患者様の安全を守るために換気を強化すればコストが跳ね上がり、コストを抑えるために換気を絞れば感染リスクが高まるという、まさに「あちらを立てればこちらが立たぬ」状況です。
[快適な療養環境の維持とコスト削減の板挟み]
患者や高齢の入居者様にとって、快適な温湿度環境は療養の質そのものです。一般的なオフィスビルで推奨される省エネ対策(例:夏場の室温28℃設定)を、そのまま医療・福祉施設に適用することは困難です。利用者の体調を最優先に考えれば、空調設定を緩和することはできず、結果として高いエネルギーコストを受け入れざるを得ないという状況にあります。
[省エネ対策の知識・ノウハウ不足]
多くの施設では、省エネ対策を進めたくても「具体的に何をすれば良いかわからない」「どの程度の投資で、どれくらいの効果が見込めるのか(投資回収年数が不明)」といった知識・ノウハウ不足が障壁となっています。エネルギー管理の専門家を内部に抱えている施設は稀であり、外部の専門業者を活用しているケースも1割程度にとどまるという調査結果もあります。
[設備更新における投資判断の難しさ]
LED照明への切り替え、高効率な空調設備への更新、あるいはマイクロコージェネレーションシステムの導入 など、省エネに大きく貢献する設備投資には、多額の初期費用が伴います。これらの投資対効果を正確に算定し、限りある予算の中で優先順位をつけ、経営会議で承認を得ることは、事務長様や施設管理責任者様の方々にとって非常に難しいタスクです。
この問題の根底には、コスト、快適性・安全性、そして法令遵守という、施設管理における3つの重要な要請が、互いにトレードオフの関係にあるという構造的な対立があります。コストを削減しようとすれば快適性や安全性が犠牲になりやすく、安全性を追求すればコストが増大します。例えば、レジオネラ菌対策として貯湯槽の温度を法令推奨の60℃以上に保てば安全とされていますが、ガス代は増加します。逆にガス代を節約しようと温度を下げれば、感染リスクが急増します。施設管理者様の仕事は、これら相反する要求の最適なバランスポイントを、日々探し続けるという極めて高度なマネジメントそのものです。
Ⅳ.法令遵守・リスク管理に関するお困りごと
病院や社会福祉施設の運営は、多数の法規制によって厳しく管理されています。これらの法令を遵守することは事業継続の絶対条件ですが、その内容は複雑かつ多岐にわたり、施設管理者様にとって大きな負担とリスク要因となっています。
ⅰ)複雑な法規制への対応と管理業務の煩雑さ
施設管理者様は、単一の法律だけでなく、複数の法律が重層的に適用される中で業務を遂行しなければなりません。その管理業務は膨大かつ煩雑です。
[建築物衛生法の遵守]
「建築物における衛生的環境の確保に関する法律」(通称:建築物衛生法)は、施設管理の根幹をなす法律の一つです 。この法律では、特定の用途と規模を持つ「特定建築物」に対し、空気環境の調整、給水・排水の管理、清掃、ねずみ・昆虫等の防除などに関する「建築物環境衛生管理基準」の遵守を義務付けています。病院や社会福祉施設は、その構造や用途から特定建築物の定義から除外される場合がありますが、その場合でも法第4条第3項により、管理基準に従って維持管理するよう「努力義務」が課せられています。この「特定建築物か否か」の判断自体がまず一つのハードルであり、どちらにせよ高いレベルの衛生管理が求められることに変わりはありません。
[廃棄物処理法など関連法規への対応]
施設管理には、建築物衛生法以外にも遵守すべき法律が数多く存在します。例えば、廃棄物処理法に基づき、排出する産業廃棄物(特に感染性廃棄物)の種類に応じて適正に処理し、マニフェスト(管理票)を交付・保管する義務も負っています。これらの法令はそれぞれに専門的な知識を要し、違反した場合には厳しい罰則が科されます。
[行政への届出・報告義務]
法令遵守には、多数の行政手続きが伴います。特定建築物に該当する場合の都道府県知事への届出、定期的な水質検査結果の保健所への報告、各種補助金の申請・実績報告など、その種類は多岐にわたります。これらの書類作成と提出は、施設の事務部門にとって大きな負担となっています。
これらの複雑な法規制とそれに付随する膨大な事務作業は、施設運営における「管理の泥沼(Administrative Quagmire)」ともいえる状況を生み出しています。施設管理者様は、異なる法律に基づく、異なる期限、異なる書式の報告書や記録を、何年にもわたって正確に管理・保管し続けなければなりません。この過剰な管理負担は、本来注力すべきサービスの質の向上や業務改善といった活動から、貴重な人材と時間を奪っています。さらに、人的ミス(期限の失念、記録の紛失など)を誘発しやすく、物理的な管理は適切に行われていたにもかかわらず、書類上の不備によって法令違反を指摘されるという、本末転倒な事態を招くリスクもはらんでいます。
ⅱ)予期せぬトラブル・災害への備え(BCP)
日常的な管理業務に加え、施設はいつ起こるかわからない突発的な事態にも備えなければなりません。その備えの有無が、有事の際に施設の運命を分けます。
[設備の突発的故障リスク]
老朽化した設備の突発的な故障は、常に存在するリスクです。特に病院では、電源や空調、医療ガス供給の停止は、即座に人命に関わる重大事故につながります。故障発生時に、迅速に原因を特定し、信頼できる修理業者を手配し、速やかに復旧させるための体制と手順を平時から確立しておくことが不可欠です。
[災害時の事業継続計画(BCP)]
地震、台風、水害、そして大規模な停電。日本においてこれらの災害は決して他人事ではありません。災害発生時にも、医療や介護といった必要不可欠なサービスを継続するための事業継続計画(BCP)の策定と、それに基づいた訓練の実施は、すべての施設にとっての責務です。非常用発電機の燃料備蓄や定期的な動作確認、さらには再生可能エネルギー設備と蓄電池を組み合わせたエネルギー供給システムの導入なども、BCPの実効性を高める上で重要な検討事項となります。
[感染症パンデミックへの対応]
近年の新型コロナウイルスの世界的な流行は、感染症パンデミックという新たなリスクを浮き彫りにしました。これを受け、多くの施設では対応力の強化が急務となっています。例えば、有事の際に一般病棟を陰圧管理の感染症病室へ迅速に転換できるような空調システムの導入 や、個人防護具(PPE)を十分に備蓄するための保管庫の整備、PCR検査装置等の導入 など、従来は想定されていなかった新たな施設・設備投資が求められています。
ⅲ)利用者・職員からのクレームとレピュテーションリスク
施設管理の不備は、物理的な損害や法的な制裁だけでなく、施設の評判、すなわちレピュテーションを毀損するという、回復困難なダメージをもたらす可能性があります。
[品質への高い要求水準]
施設の利用者様やそのご家族の方々は、施設が安全で、衛生的で、快適であることが「当たり前」だと考えられています。そのため、空調の不調、お湯が出ない、清掃が行き届いていないといった些細な不具合であっても、それは「当たり前」が損なわれた状態として認識され、クレームに発展しやすくなります。
[法令違反や事故による信用の失墜]
最も恐れるべきは、管理不備が原因で健康被害や重大事故が発生することです。浴槽水の管理不徹底によるレジオネラ症の集団感染、空気環境測定の基準値超過、あるいは消防設備の不備による火災被害の拡大といった事態が発生すれば、行政による営業停止命令や罰則が科されるだけでなく、施設の社会的信用は一瞬にして失墜します。一度損なわれた信頼とブランドイメージを回復することは、極めて困難な道のりです。