統合エンジニアリング事例

「安全」と「経営」。この二つは、どちらも決して妥協できない、施設運営における車の両輪です。

しかし、現場では「安全を追求すればコストが上がり、コストを追求すれば安全が脅かされる」という、深刻なジレンマが日々発生しています。

ここでは、多くの病院や社会福祉施設が実際に直面している、そのトレードオフ関係にある課題を、当社の「統合エンジニアリング」がいかにして解決に導くか、具体的な事例としてご紹介します。

事例1:給湯設備

◇レジオネラ菌リスクと燃料費削減のジレンマ


【お客様の状況】

東京都内にある、築25年の特別養護老人ホーム。事務長様は、年々高騰するガス料金に頭を悩ませていました。「ボイラーの給湯温度を少し下げれば、大幅なコスト削減になるはずだ」と考え、設定温度を65℃から下げることを検討されていました。


【潜在的なリスクとコスト】

この一見合理的な判断には、利用者の命に関わる致命的なリスクが潜んでいました。

レジオネラ属菌は20℃~50℃で活発に増殖し、特に36℃前後は最適温度となります。厚生労働省のガイドラインでは、貯湯槽の温度を60℃以上、末端の給湯栓でも55℃以上を維持することが、菌の増殖を抑制する安全ラインとして強く推奨されています 。  

例えばボイラーの設定を55℃にした場合、配管の熱損失により、利用者が実際に使うシャワーや洗面台では50℃を下回る可能性が非常に高くなります。特に、使用頻度の低い居室の洗面台など、お湯が滞留しやすい「行き止まり配管」では、菌の巣である「バイオフィルム」が形成され、レジオネラ症の集団感染を引き起こす危険な温床となり得ます 。  


【当社の統合ソリューション】

当社は、単に「危ないから温度を上げましょう」というだけでなく、安全と省エネを両立させるための統合的な診断と提案を行いました。

リスクの可視化:まず、施設内の複数の給湯栓(浴室、厨房、使用頻度の低い居室)で実際の吐出温度と残留塩素濃度を測定。ボイラーの設定温度と末端での温度に10℃以上の差がある箇所を特定し、「このエリアではレジオネラ菌増殖のリスクが極めて高い状態です」とデータで示しました。

運用改善による対策:設備投資の前に、コストをかけずにできる対策を提案。使用頻度の低い蛇口をリストアップし、週に一度、高温のお湯を数分間流す「フラッシング」を管理マニュアルに組み込み、配管内の水の滞留を防止しました 。  

設備改善による根本解決:根本的な解決策として、老朽化した配管の断熱材を強化・更新し、放熱ロスを削減。その上で、より少ないエネルギーで安定した高温を供給できる高効率ヒートポンプ給湯器への更新を、利用可能な補助金制度と合わせてご提案しました。


【導入後の成果】

適切な温度管理により、レジオネラ症のリスクを限りなくゼロに近づけ、法令遵守体制を確立。同時に、断熱強化と高効率機器への更新により、年間のガス料金を約18%削減することに成功しました。事務長様からは「安全とコスト、どちらも諦めずに済む方法があるとは。まさに目から鱗でした」とのお言葉をいただきました。

事例2:空調・換気設備

◇感染対策と電気代削減のジレンマ


【お客様の状況】

東京都内にある、病床数80床の病院。事務長様は、夏の電気代の請求書に愕然とされていました。「感染対策のために換気は重要だが、そのせいで冷房が効かず、電気代ばかりが上がっていく。かといって換気を止めれば、院内感染のリスクが…」と、進退窮まった状況でした。


【潜在的なリスクとコスト】

このジレンマは、多くの施設が抱える深刻な問題です。

十分な換気は、空気中に浮遊するウイルス等を排出し、院内感染を防ぐための生命線です。しかし、夏場に高温多湿の外気を大量に取り込めば、空調設備はそれを冷却・除湿するためにフル稼働し、エネルギー消費量は著しく増大します。逆に、省エネを優先して換気量を絞れば、室内のCO2濃度が上昇し、感染リスクが高まるだけでなく、利用者の快適性や職員の集中力低下にも繋がります。


【当社の統合ソリューション】

当社は、この「換気」と「省エネ」のトレードオフを解消するため、以下のご提案を行いました。

現状の正確な把握:まず、待合室や病室、スタッフルームなど、各エリアのCO₂濃度を時間帯別に測定。人の密集度が高いエリアでは、基準値である1000[ppm]を大幅に超える時間帯があることをデータで示し、換気不足のリスクを「見える化」しました。

運用改善による対策:空調フィルターの清掃が年1回しか行われていないことを指摘。フィルターの定期的な清掃(2週間に1回)を徹底するだけで、冷暖房効率が大幅に改善することをご説明し、管理計画に組み込みました。

設備改善による根本解決:根本的な解決策として、排気する空気の「熱(顕熱)」と「湿気(潜熱)」を回収し、取り込む新鮮な外気に移す「全熱交換器」の導入を提案しました。これにより、十分な換気量を確保しながら、空調の負荷を大幅に軽減し、エネルギー消費を抑えることが可能になります。


【導入後の成果】

全熱交換器の導入により、院内のCO₂濃度は常に基準値以下に保たれ、安全な空気環境を実現。その上で、空調関連の電力消費量を年間で約26%削減することに成功しました。事務長様からは「安全な環境づくりとコスト削減は両立できるのですね。職員からも『空気がきれいになった』と好評です」と、大変喜んでいただけました。

注意)全熱交換器は、排気中の水蒸気をある程度回収して給気に移すため、外気をそのまま取り込むよりも室内の乾燥を防ぐことができます。しかしながら、室内の乾燥を緩和する効果はあるものの、それ単体で十分な湿度を供給できるわけではありません。特に社会福祉施設のような、感染症予防のために十分な湿度(一般的に40~60%程度が推奨されます)を保ちたい場所では、全熱交換器だけでは不足する場合があります。その場合は、全熱交換器と加湿器を併用することで、より効果的な湿度管理が可能になります。ただし、結露やカビの発生リスクが高まるため、関連する事項を考慮する必要があります。

事例3:照明設備

◇利用者様のQOL(生活の質)と電気代削減のジレンマ


【お客様の状況】

東京都内にある、介護老人保健施設。施設長様は、施設の運営コスト削減のため、共用廊下や夜間の照明をできるだけ暗くする、あるいは一部消灯するなどの節電対策を検討されていました。


【潜在的なリスクとコスト】

この節電策は、電気代を削減する一方で、利用者の転倒リスクを高め、さらには体内リズムを乱して健康を損なうという、見過ごせない危険性をはらんでいました。

高齢者は、わずかな照度の低下でも足元の段差などが見えにくくなり、転倒のリスクが急増します。また、夜間に強い光(特に青色成分の多い昼白色の光)を浴びると、睡眠を促すホルモン「メラトニン」の分泌が抑制され、不眠や体内リズムの乱れを引き起こすことが研究で示されています。


【当社の統合ソリューション】

当社は、単なるLED化による省エネに留まらず、利用者のQOL向上と安全確保を両立する照明計画をご提案しました。

現状の照度環境の評価:まず、施設内の各エリア(廊下、居室、談話室など)の照度を測定。JIS規格の推奨照度と比較し、特に夜間の廊下などが転倒リスクの高い暗さになっていることを客観的に指摘しました。

時間と場所に応じた照明設計:全ての照明をLEDに更新することを基本としつつ、場所と時間帯に応じた最適な照明制御を設計しました。

廊下・共用部:人感センサー付きのLED照明を導入。深夜は最低限の明るさに調光し、人が通る時だけ安全な明るさに自動で切り替わるように設定。これにより、安全性を確保しつつ、無駄な点灯を徹底的に排除しました。

居室:調光・調色機能付きのLED照明を提案。日中は活動的な昼白色の光、夕方以降はリラックスできる電球色の光へと自動で切り替えることで、利用者の体内リズムを整え、良質な睡眠をサポートします。


【導入後の成果】

照明全体のLED化と最適な制御により、照明に関する電力消費量を約60%削減。さらに、夜間の廊下での転倒件数が減少し、利用者からは「夜中にトイレに行く時も安心できる」「部屋の明かりが優しくなって、よく眠れるようになった」といった声が寄せられ、施設のサービス品質向上にも大きく貢献しました。

事例4:厨房施設

 ◇HACCP対応と人件費・光熱費のジレンマ

※他社、HACCP専門のコンサルタント様と協業いたしました。


【お客様の状況】

東京都内にある、120床のケアミックス型病院。栄養科の責任者様は、HACCPの完全義務化に伴う記録・管理業務の増大に疲弊していました。人手不足の中、煩雑な衛生管理に追われ、調理工程の効率化まで手が回らず、結果として長時間労働や無駄な光熱費が発生していました。


【潜在的なリスクとコスト】

HACCP対応の不備は、食中毒という重大なリスクに直結します。しかし、その対応に追われるあまり、現場では「とりあえず加熱時間を長めに」「念のため洗浄時間を多めに」といった、安全マージンを過剰に取った非効率な運用が常態化。これが、調理スタッフの負担を増大させると同時に、ガス代や水道代、電気代といったコストを押し上げる原因となっていました。


【当社の統合ソリューション】

当社は、HACCP業務プロセス改善と省エネ技術を融合させ、厨房全体の業務プロセスを再設計しました。

HACCP計画の最適化:まず、既存のHACCP計画をレビュー。記録が過剰になっている点や、管理が形骸化している点を洗い出し、厚生労働省の手引書に準拠しつつも、現場が無理なく運用できる、よりシンプルで実効性の高い管理計画へと再構築しました。

エネルギーロスの特定と改善:調理工程を詳細に分析し、無駄なエネルギー消費ポイントを特定。

食器洗浄機:洗浄物の量に応じた運転サイクルの最適化を提案。まとめ洗いを徹底することで、運転回数を減らし、電気・水道・ガス代を削減。

加熱調理機器:予熱時間の適正化や、調理マニュアルの見直しによる加熱時間の短縮を提案。

冷蔵・冷凍庫:扉の開閉回数を減らすための食材配置の見直しや、定期的なフィルター清掃を計画に組み込み、冷却効率の低下を防止。


【導入後の成果】

HACCPの管理業務にかかる事務作業時間を約30%削減し、調理スタッフの負担を大幅に軽減。さらに、厨房全体のエネルギー効率が改善され、年間の光熱費を約12%削減することに成功しました。責任者様からは「衛生管理が楽になっただけでなく、コストまで下がるとは思ってもみなかった。職員の残業も減り、本当に助かっています」と感謝のお言葉をいただきました。